:兜木励悟『ディズニー批判序説―盗むディズニー訴えるディズニー』

本書は、ディズニーに関する批判を簡単にまとめたものとしか言いようがない。それは論点の扱い方としても同じで、それほど深い洞察とも思えない。私自身はディズニーの擁護者ではない、むしろディズニー作品の持つある種の「無邪気さ」――例えば原作となる民話や童話を「ディズニカライズ」していく過程で捨象する事への「無神経さ」とも言い換えられるだろうか――に嫌気が差している方なのだが、それでも本作が十分なディズニー批判か、と言われたら少々首を傾げてしまう。
しかし、ディズニーという名の存在は確かに大きい。良きにつけ悪きにつけ、その名を冠した作品はそれなりに安心感を以って受け入れられる(ちなみに私は、あれだけ暴力描写にウルサイPTAの方々がディズニー作品であればドカバキやっても文句が出ないのは権威主義ステレオタイプがどれだけ偉大なものであるかを立証している、という使い易いネタが増えてある意味助かっている。しかし、死体や血が存在しなけりゃ作中の暴力は正当化されるってのかよ)。そしてそこには資本力に見合った政治力のようなものが存在しているであろうという印象もまたある――子供の描いたプールの絵に対してディズニーが文句を付けた、というハナシが地理的な制約を突破しつつ現実と噂話の境界に浮遊している事からも、それは如実に現れている。そういった状況に対し、取り敢えず日常生活でディズニーを揶揄するネタを使いたい、というトリビアルな欲求を満たすだけなら本書だけで完結してもいいだろう。でもディズニー好きの人ってのは結構ディープ系の方も多いようなので、時と場所を考えないと痛い目に遭うであろう事は必至だが。逆にそういう、ディズニーは生活の欠けざる一部なんだよディズニーのない人生なんか考えられねえよという人には本書は全く必要ない。どうしても愛するディズニーを不逞の輩の言論攻撃から擁護したいという人はhttp://www.synapse.ne.jp/~komurano/taiki/nadia/にでも直接行った方がいい。では、ディズニーについてもう少し踏み込んで研究してみたい、という人にとっては――恐らく、この本は価値があると思う。巻末に付された参考資料一覧、これがよくピックアップされているのである。ここから手繰って行けば、相当の資料に触れる事が出来るだろう。つまり本書は、個人的な趣味嗜好から離れてディズニーをマニアックに追求する少数の人達と、ディズニーにどちらかと言えばいい印象がないという多くの人達のための本と言える。

FURTHER READING:
大塚英志定本 物語消費論 (角川文庫)
少し視点の異なる本を一つ。物語作りにおける<ゲームマスター>としてのプロデューサー・ディズニーと、ディズニーの想像力が具現化された存在として自己増殖するディズニーランドの構造について分析している。