猫の町。

何故か不眠症気味で酒も飲んでないのに少々千鳥足の仕事帰り。


いつもの通勤路となっている銀行の裏手を通りかかると、何だか丸っこい物体がもぞもぞと動いている。
仕事の行き帰りは眼鏡を掛けていないぼんやり視界の目には得体の知れないものに見えて一瞬驚くが、よく目を凝らしてみるとコンビニの包みを引き摺る猫の姿。引き摺っている包みは今晩の獲物だろうか。ちょっとホッとしながら、その横を通り過ぎる。


……と、その先、近所でも猫屋敷として有名な屋敷の壁の上。別の猫がひょいと顔を出して、じっと先ほどの包みを引き摺る猫を見つめている。そのあまりの真剣な見つめ具合に、思わずこちらが立ち止まる。
見つめる猫と見つめられる猫の距離、約5メートル。見つめる僕と見つめながら見つめられる猫の距離、約30センチ。見つめる猫は自分が見つめられていることに全く気付かない。……10秒。30秒。1分。まだ気付かない。


ちょっと悪戯心が頭を擡げてきて、軽く口笛を吹いてみた。瞬間、驚いた様子ながらも鋭く射抜くようにこちらを向く瞳。その一瞬の煌きだけ残して、目の前からあっという間に猫は消えた。
振り向くと、あの包みを引き摺っていた猫もいない。電灯もまばらな路上に、ただ僕だけが立っている。


最早、猫が本当にいたのかすら分からない。ただ残っているのは、あの状況の均衡を崩してしまった自分の口笛を何故か後ろめたく感じる気持ちと、あの時見たものが僕の白昼夢でないなら、彼ら――見つめる猫と見つめられる猫が、ちゃんと再会できていますようにと祈る気持ち。




それにしても眠い。