:映画『姑獲鳥の夏』

この作品は既に小説で読んでいるので、専らの興味はそれをどのように映像化するか、という点にあった。結論から言ってしまえば、この作品はその点についてしっかりと成功していたと思う。監督を務める実相寺昭雄の作品作りについてそれ程詳しい訳ではないが、それでもスポットライトの使い方や独特の構図は何となく「実相寺的」である事が分かり、そしてそれが作品の色と実によく合致している。戦後、まだ混沌とした雰囲気の残る町、その間隙から生まれるような事件とそれを取り上げるカストリ雑誌や紙芝居。堤真一の傲岸不遜な京極堂も、永瀬正敏の不安定な関口も、阿部寛の破天荒な榎木津も、その世界の空気を巧く支え、また醸し出している。
それ以外に眼を惹くのは随所に散らされた民俗学的なエピソード。六部殺しや憑物筋など、少々かじった人間にはニヤリな感じである。私がこの作品を小説で読んだのは確か大学院に進学したての頃に腹痛を起こして担ぎ込まれた先の病院で、外科部長らしき人がまるで『白い巨塔』のようにずらずらと他の医師を引き連れて巡回に来て「どうですか」と人の具合を訊き更にカルテを見た挙句「うーん、分からないね」と一言で片付けて行きやがったので病院と自分の体の両方に対する物凄い不安に苛まれるのを通り越して最早笑うしかないと思ったがそんな事はどうでもいい。兎に角その時分にはまだそういった民俗学的描写についてそれ程知識がなかったために気付かなかったが、今回それを再確認したのは収穫だった。てな訳で、その辺りの知識をもう少し知りたい場合は是非↓をご参考。

FURTHER READING:
小松和彦異人論―民俗社会の心性 (ちくま学芸文庫)