よく分からない事色々と。

長崎の小学6年生殺人事件、相変わらずのマスコミの対応。
昨日の読売新聞曰く「手紙や交換日記なら考えながら書くが、チャットはその場での遣り取りなので言葉が練られてない」
そんなのは会話だろうが電話だろうが同じ事で、手紙であってもその言葉が練られたものであるとは限らないだろう。
もしも手紙における文章上の技法や手書き文字といった付随情報を主張するとしても、それにしたって記号である事に変わりはなく、それならばネット上の言語ではそれに相応するような表現が生み出されている。
いい加減メディアの違い自体に事件の本質的責任を転嫁する安直さは破棄されないものだろうか。




サブゼミに参加するため学校へ。
現代美術に関する研究をしている人が村上隆について話していたので、「おたく」(笑)として発言させてもらう。
……いえそんなに濃くないですよ?


その帰りに降りた駅で、指にCDRを挿した不思議な女の人を見かける。
ケースでもなかったんだろうか?
流石に話しかける勇気はなかったため、電車に乗り込む後姿に「ファイト」と目で語り掛けておくに留める。